馬は吐けないせいで命を落とすことがある 馬の食道が胃とつながる部分にある輪状の筋肉は、一方通行の弁としてとても強力で、ほとんど二度と開かない。しかも食道は鋭い角度で入り込んでいるため、胃がふくらむほど弁はかえって固く閉じてしまう。食べ物は下りていくが、戻ってくることはできない。だから疝痛(せんつう)の発作でガスや詰まりがたまると、胃は中身を出せないまま破裂するほど伸びることがある。これこそ疝痛が厩舎(きゅうしゃ)で最も恐れられる病の一つである理由だ。
全力で駆ける馬は、たった一本の指先で走っている 馬の脚は一本の指で終わっている。何百万年もかけてほかの指は次第に縮んで消え、真ん中の一本だけが残った。蹄(ひづめ)はその指の伸びて硬くなった爪なのだ。管骨の両脇にある小さな副木骨は、失われた指の名残の切り株である。だから半トンもある動物が全力で駆けるとき、その全体重は何度も何度も、いわば一本の巨大な指の先にかかっているのだ。
ひと蹴りごとに、血が脚を上へと押し戻される 馬の脚の下のほうには、血を心臓へ押し戻す筋肉がない。そこで蹄(ひづめ)自身がその仕事をする。蹄の裏側には、蹄叉(ていさ)と呼ばれる柔らかいV字形のクッションがある。足が動物の体重を受けるたびに、蹄叉とその上の肉枕が押しつぶされ、血を重力に逆らって静脈の上へと押し上げる。立ったままの馬は自分の足の血のめぐりを少しずつ絶ってしまう。だから適度に動き続けることが馬の健康を保つのだ。
陸の哺乳類で、馬より大きな目を持つものはいない 馬の目は直径およそ34ミリメートルあり、ほかのどの陸生哺乳類よりも大きく、ゾウの目より大きく、私たち人間の目のおよそ2倍の幅がある。細長い頭骨の側面の高い位置についたその大きな目は、草を食(は)む動物にほぼ全周の視界を与える。頭を草に下げているあいだも捕食者の動きをとらえやすくするためだ。
馬は、自分の鼻先にあるものが見えない 頭の両側に一つずつ目があるため、馬は自分のまわりをほぼ360度近く、350度ほどの範囲まで見渡せる。だが、そのほぼ完全な視界には驚くような死角が二つある。尻のすぐ真後ろと、自分の顔のちょうど正面だ。何かをまっすぐ見ようとすれば馬は頭を向けなければならず、口元に差し出されたおやつは、目ではなくひげと嗅覚で見つけている。
馬は自前の石けんを汗としてかく 馬は、タンパク質を汗として出すごくわずかな動物の一つだ。汗や唾液に含まれるそのタンパク質は天然の洗剤のように働く。水の表面張力を下げ、厚くて水をはじく被毛のなかにも広がって空気に触れ、蒸発できるようにするのだ。激しく走らせた馬に立つ泡、とくに手綱や馬具がこすれる場所に立つ泡は、そのタンパク質が泡立ったもので、疾走する動物が体温を上げすぎないようにする生まれつきの界面活性剤なのである。
年老いた馬が「歯が長い」と言われるわけ 馬の歯は一生のほとんどを通じて生え続け、硬い草を何年もかみ続けてすり減った表面を補うように、少しずつ上へ押し出されてくる。年をとるにつれて歯の一本一本が歯ぐきからより多く突き出し、前歯はいっそう前へせり出す。だから年老いた馬は本当に歯が長くなるのだ。馬商人はこの歯を見て馬の年齢を推し量り、この言い回しは厩舎(きゅうしゃ)を飛び出して日常の言葉になった。
一度も飼いならされなかった唯一の馬 ムスタングやブランビーなど、ほとんどすべての野生馬は、実は家畜が野生化した子孫だ。モンゴルの草原にいる、がっしりした淡い黄褐色の馬だけは違う。人の手で繁殖されたことが一度もなく、家畜の馬の染色体が64本なのに対し、66本を持つ。一度は野生で絶滅し、動物園だけで生き延びたのち草原へ戻された、地球に残る最後の真の野生馬である。