明の石工はモルタルにもち米を混ぜた 1300年代から、中国の建設者はもち米を煮て、その汁を消石灰モルタルに混ぜ込んだ。米のアミロペクチンが鋳型のように働き、成長する炭酸カルシウムの結晶を緻密で均一なナノ網目へと縮め、ペーストをレンガの奥深くに接着する。実験では、米と石灰の混合物は普通の石灰モルタルより圧縮強度が約1.7倍高く、だからこそ明代の城壁や墓は600年たっても崩れずに立っている。
レンガの上面のくぼみは「フロッグ」と呼ばれる 多くのレンガには片面に浅い長方形のくぼみが押し付けられており、「フロッグ」と呼ばれる。くぼみを上にして積むと、そこにモルタルが満ちて硬化し機械的な鍵となり、各レンガを上の段に固定してずれを防ぐ。このくぼみは粘土を減らして重量を抑え、乾燥と焼成を短くし、作り手に刻印を押す場所も与える。一般的なフロッグの深さは約10〜15 mmである。
ローマのレンガは薄く幅広く、軍団が作った ローマのレンガは現代のものとはほとんど似ていなかった。長く平たいタイルで、しばしば1〜2ローマフィートの幅がありながら厚さはわずか3〜4 cm、石壁の中に薄い層として積まれた。紀元前1世紀から、作り手は焼成前の湿った粘土に識別の刻印を押し、レンガ工房や所有者、あるいは窯を運営する軍団の名を記して、そのレンガをその部隊の所有物として印づけた。
南京城壁のレンガには作った職人の名が刻まれた 明が1386年に完成させた南京の城壁を築いたとき、厳格な責任体制が敷かれた。およそ3億5000万個のレンガには、それぞれ産地と監督官および職人個人の名が刻まれた。レンガが壊れれば、役人は誰の責任かを正確に把握できた。これは中国で見つかったレンガ職人の記録としては最大級のものの一つである。
全てレンガ造りの最も高い塔は壁厚6フィート 1891年に完成したシカゴのモナドノック・ビルは、耐力レンガだけで215フィート(66 m)の高さにそびえ、これまでに建てられた組積造のオフィスビルとして最も高い。荷重を支える鉄骨がないため、地上階のレンガ壁は約6フィート(1.8 m)の厚さが必要で、上部では18インチまで細くなった。これ以上高くすれば基部の壁が貸し出せる床面積を食いつぶしてしまう。だからこそ鉄骨造がまもなくレンガに取って代わった。
新しいレンガの壁は何年もかけて静かに膨らむ 粘土レンガは窯からからからに乾いた状態で出てくるが、その後ゆっくりと空気中の水蒸気を再吸収して永久に膨らむ。これは決して元に戻らない一方向の変化だ。この不可逆な吸湿膨張は壁1メートルあたり約0.5〜1.0 mmに達し、その大半は焼成後の最初の1〜2年で起こる。建設者は圧縮可能な垂直の伸縮目地を設け、膨らんでいくレンガ積みがひび割れたり座屈したりせずに膨張できるようにする。
鋼を溶かす熱にも平然と耐えるレンガがある 耐火レンガはアルミナ・シリカ系の耐火粘土で作られ、アルミナはおよそ25〜45パーセント。だから普通のレンガが崩れるところでも形を保つ。製鋼炉の内張りに使われるシリカ耐火レンガは、溶けた鋼より高い約1,649度Cまで連続して働き、超高級耐火粘土の等級は1,775度Cを超えても耐える。この耐熱性こそが、炉が自らの火を閉じ込めることを可能にする。
最古のレンガには今も作り手の親指の跡が残る ジェリコでは、紀元前9000年ごろに泥レンガが手で成形された。知られているなかで最も古い建材の一つである。粘土と砂と水で作り、天日で乾かしたパンのような形のレンガには、泥モルタルがしっかり食いつくように、しばしば杉綾模様に並んだ深い親指の跡が押し付けられた。その指の跡は、最初期のレンガ職人たちの文字どおりの手形である。