最初の電池は硬貨を積み重ねたものだった 1800年より前、電気は短く役に立たない火花としてしか現れなかった。そこでアレッサンドロ・ボルタは、亜鉛と銅という二種類の金属の円盤を積み重ね、それぞれの対を塩水に浸した布で隔てた。柱の上端と下端に導線を触れさせると、初めて安定した電流が流れ続けた。彼はこれを人工の電気器官と呼んだ。この湿った金属円盤の単純な柱こそが最初の本物の電池であり、電圧の単位には今も彼の名が付けられている。
電池は電気を蓄えていない 電池は電気の小さなタンクのように感じられるが、電気そのものは一切入っていない。蓄えているのは化学エネルギーで、内部の金属とペーストの中に閉じ込められている。回路をつなぐと反応が始まる。一方の電極では金属原子が電子を放出して少しずつ溶け出し、その解き放たれた電子が電流として導線を流れる。電池とは実のところ、制御された役に立つ腐食であり、反応する金属が食い尽くされると電池切れになる。
レモン電池を動かしているのはレモンではない 銅貨と、亜鉛めっきされた釘をレモンに突き刺し、導線でつなぐと、ほぼ1ボルトが得られる。意外なのは、レモンがエネルギーをほとんど供給していないことだ。果汁は電解質、つまり電荷の通る湿った道にすぎない。本当の燃料は亜鉛の釘そのもので、電子を放出しながら少しずつ溶けていく。金属を新しいものに替えれば、同じくたびれたレモンでもまた働く。逆に亜鉛が腐食しきってしまえば、新鮮なレモンでも動かない。
小さな電池と大きな電池の電圧は同じ 腕時計のボタン電池と大きな単一電池はまるで別物に見えるが、どちらも約1.5ボルトを示す。これは、電池の電圧がその化学、つまりどの二つの物質が反応するかによって決まり、大きさには一切左右されないからだ。電池を大きくしても電圧は上がらない。燃料が増えるだけなので、長持ちするか、より多くの電流を流せるようになる。より高い電圧を得るには、化学を変えるか、複数の電池を直列に積み重ねるしかない。
車のバッテリーはビクトリア朝の技術 今もほぼすべての車を始動させているこのバッテリーは、1859年にガストン・プランテによって発明された、電流を逆向きに流すことで充電できる最初の電池だった。鉛と酸化鉛の極板を硫酸の中で行き来させて働き、各セルは約2ボルトを生み出すので、一つのケースに六つのセルを収めるとおなじみの12ボルトになる。重くて旧式だが、冷えたスターターモーターが必要とする巨大な電流を一気に放出できるため生き残っている。
補聴器の電池は空気を吸って働く 補聴器の電池は空気亜鉛電池で、その材料の一部は外から、つまり空気から取り込まれる。小さな穴から入る酸素が成分の一つで、内部の亜鉛と反応して電力を生む。だから新品には小さなシール状のタブが貼られている。タブが穴をふさいでいる間、電池は眠っていてほとんど消耗しない。タブをはがすと空気が一気に入り込むので、装着する前に約1分待って電池が呼吸し、満充電の状態に達するのを待つ。いったん始まると、止めることはできない。
電池が発火する原因 リチウムはあらゆる金属の中で最も軽く、最も反応性の高いものの一つで、だからこそリチウム電池は重さのわりに膨大なエネルギーを蓄えられる。その同じ貪欲さが危険でもある。電池を急速に、あるいは低温で充電すると、リチウムがデンドライトと呼ばれる顕微鏡サイズの針状の結晶として成長することがある。何度も充放電を繰り返すうちにデンドライトが伸び、電極の間にある薄いセパレーターを突き破ると、内部短絡が起き、蓄えられたエネルギーが突然の熱として、そして炎として放出される。
9ボルト電池の中には6本の電池が隠れている バッテリーという言葉は軍隊から借りてきたもので、大砲のバッテリーといえば一緒に働く一群の砲を意味し、ベンジャミン・フランクリンはそれを、連結した電気瓶の列に対して使った。厳密には、一つの単位はセル(電池)であり、バッテリーは複数のセルをつないだものだ。その歴史は、小さな四角い9ボルトの塊の中に文字どおり詰まっている。割って開けてみると、1.5ボルトの小さなセルが6本一列に並んでいて、その電圧を足し合わせると9ボルトになる。