光る灰色の結晶がかつて空中から電波を捉えた 方鉛鉱は鉛の鉱石で、鏡のように平らな面をもつ銀色の立方体として育つ。最初期のラジオでは、のちに電池と真空管が担う役目を果たした。猫のひげと呼ばれる細くしなやかな針を結晶に触れさせると、その接点が天然の半導体としてはたらき、電流を一方向にだけ流して、電波から声を引き出した。この効果が初めて示されたのは1874年のことだ。
鉛の原子が地球は45億5000万歳だと教えてくれた ウランは一定の知られた速さで鉛へと崩壊するので、岩石中の鉛の同位体の比率は時計になる。1956年、ある化学者が隕石の金属でその比率を測り、地球の年齢を読み取った——約45億5000万年、いまも通用する数字だ。試料から紛れ込んだ鉛を取り除く作業を通じて、彼は産業が現代の世界にどれほど深くこの金属を撒き散らしたかにも気づいた。
丸い鉛の弾は、しずくを落として固めて作られた 同じ大きさの鉛の球を何千個も作るにはどうするか。1782年、その答えは塔になった。溶けた鉛を塔の上のふるいから流すと、空中を落ちる一粒ごとに表面張力がほぼ完全な球へと丸め、落下のあいだに固まり、底の水槽に飛び込む。重力と物理が無料で丸めてくれた。
車のバッテリーはあなたの持ち物で最もリサイクルされている 鉛蓄電池は1859年に発明され、いまもほぼすべての車のボンネットの下に収まっている。酸に浸かった鉛の板の積み重ねだ。これは世界で最もリサイクルされている製品でもある。アメリカではこうした電池の約99パーセントが寿命の末に回収され、その鉛は溶かされてそのまま新しい電池に注がれる。同じ金属が一世紀以上めぐり続けているのだ。
この金属のれんが一枚がX線をぴたりと止める 鉛は大きさのわりに驚くほど重く、1立方センチあたり約11.34グラム、大きく密な原子が詰まっている。この混み合った原子はX線やガンマ線を吸い取るのがとても得意で、放射線が通り抜ける前に吸収してしまう。歯のレントゲンで薄い鉛のエプロンを掛けられるのも、放射線を使う部屋を灰色の鉛れんがの壁が囲うのも、そのためだ。
この金属はオーブンでも届く温度で溶ける ほとんどの金属はうなりを上げる炉を要するが、鉛はわずか327.5度で液体になり、ただの炎でも注げるほど低い。この溶けやすさこそ、鉛が昔から鋳て継ぐ金属であり続けた理由だ。スズと混ぜれば軟らかいはんだになり、その銀色の玉は、熱したこて一本で何世紀ものあいだ電線や配管やステンドグラスを接いできた。
ローマは刻印を打った鉛の管で水を通していた ローマの配管工は平らな鉛の板から水道管を作り、フィストゥラエと呼ばれる長い管に折り曲げて継ぎ目をはんだ付けした。その多くには、製造者や水道費を払った所有者の名が長手方向に刻印されていた。鉛を表すラテン語プルンブムは、私たちのもとを去らなかった。今日どこかで管が直されるたび、plumber(配管工)やplumbing(配管)という語の中にいまも潜んでいる。
鉛は甘い味がする——ローマはそれでワインを甘くした 鉛の最も奇妙な性質のひとつはその味だ。かつて鉛糖と呼ばれた酢酸鉛は、舌の上で本当に甘い。ローマ人はその代償を知らぬまま利用し、ぶどう果汁を鉛の鍋で煮つめて甘いシロップを作り、ワインや料理に混ぜた。甘さは本物で、味わえぬまま一口ごとに進んだ緩やかな中毒もまた本物だった。